STUDIO VOICE

90年代

90年代の論評を主に約30本をアップしました(キーワード・リンクは後日、実装となります)[...]
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そもそも僕自身カリスマ性云々に興味は無いのです(略)」 そんなこと、賢者の開き直りにしろ、あんまり積極的には言ってほしくはないというか、俗世間の戯言(ざれごと)なんぞスルーしちゃえばいいのにというか、原宿にチーマーが溢れかえっていた90年代中頃から、初めて出会ったその日から、一度たりともそんな目で貴殿を見てはいないのですよ、とジョニオさんファンなら誰もが思ったことだろう[...]
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そもそも僕自身カリスマ性云々に興味は無いのです(略)」 そんなこと、賢者の開き直りにしろ、あんまり積極的には言ってほしくはないというか、俗世間の戯言(ざれごと)なんぞスルーしちゃえばいいのにというか、原宿にチーマーが溢れかえっていた90年代中頃から、初めて出会ったその日から、一度たりともそんな目で貴殿を見てはいないのですよ、とJONIOファンなら誰もが思ったことだろう[...]
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90年代をリアルに聴いてきた人々にとっては、ある種の懐かしさが感じられるだろう[...]
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90年代の、宮台真司さんが論争していたようなブルセラや援交だとかに表象されていた“あばずれ感”がある女子高生は、今はもう『けいおん!』的な、女の子もかわいいと思えてしまうようなアイコンに取って代わられている[...]
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90年代以来、いつのまにかアニメは、こうした異世界における活劇を描きにくくなってしまった[...]
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90年代って凄くイージーすぎたから[...]
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それに、マイケルは80年~90年代を通してミュージックビデオの開拓者であったので、インターネットの斬新さとインタラクテイブ感を体現することができるビデオというコンセプトが、彼のイメージに完璧にフィットしている[...]
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読者にとって、90年代におこったことの記録は過去のものだとしても、これからの人たちに届く何かを伝えたい[...]
90年代はパソコン、ネット、携帯電話などあらゆるメディアの黎明期でもあるので、多くの変化がありました[...]
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たしかに90年代は、とにかくやっちゃおう、という勢いがありました[...]
それで考えたことは、90年代には、「本物のクリエイティヴィティ」に触れる機会が、多かれ少なかれあったのではないかということです[...]
ところが2000年代になると、コム デ ギャルソンにしても、90年代とはまた別の顔を見せるようになってきた[...]
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そして、内容的にはやはり核になるのは90年代かなと、考えるようになりました[...]
——内容は、90年代から2000年代にかけての事柄がベースになっています[...]
そこでは、90年代につくられたり生まれたものが、2000年代になって損なわれてしまった、または変容してしまったという感じを受けます[...]
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だからもちろん、『村崎百郎の本』を手にした者にできるのは90年代を懐かしむことではなく、かつて村崎氏が「全国家の良識ある市民諸君」へ向けて発した、「世の中にはどんな善意も屁とも思わない」「醜悪な魂がある」という「最低の警告」が持ち得た破壊力をいかにして見いだし、どこへ向けてどのように行使するのかを考える、ということに他ならない[...]
だからもちろん、『村崎百郎の本』を手にした者にできるのは90年代を懐かしむことではなく、かつて村崎氏が「全国家の良識ある市民諸君」へ向けて発した、「世の中にはどんな善意も屁とも思わない」「醜悪な魂がある」という「最低の警告」が持ち得た破壊力をいかにして見いだし、どこへ向けてどのように行使するのかを考える、ということに他ならない[...]
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’90年代に入ると、U2のアルバムのほか、エミルー・ハリス、ルシャス・ジャクソンなど、アメリカンルーツへの志向を強く感じさせるポップミュージックのプロデュースワークが目立つようになる[...]
’90年代のオルタナティヴ・ロックシーンで、そのルーツ志向で異彩を放っていたクリス・ウィートリー、トリクシーは彼の娘である[...]
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90年代リバイバル、なんて文脈で語られているかもしれない[...]
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″ドリー″のイメージを最初につくったとされるジーン・シュリンプトンからトゥイギー、そして70年代への扉を開けたバーバレラヘという流れはそのままパンク・ガールのイメージを普及させたデビー・ハリーからマドンナ、そして90年代への扉を開けたミス・キアー(ディーライト)へという流れと重なっている[...]
もっともこうしたアプローチは、80年代〜90年代初めにはけっこう見られたが……となると、彼女もやはり、単に80s風ということなのか[...]
80年代から90年代初頭に青春を謳歌した世代へオマージュを捧げたかのごとく[...]
これが90年代の侯孝賢やエドワード・ヤンといった人びとの映画に直接影響を受けた「ドキュメンタリー・タッチ」の作品であったら、カメラはいつでも対象から距離を保ち、あるいは突如事件のただ中で混乱に巻き込まれて見せ、それでも全体として禁欲的な顔つきで物語る、ということが行われていたことだろう[...]
それは90年代のオルタナなわけだが、彼らもまた、当時の音楽シーンに影響を受けたことを認めている[...]
90年代初期、23歳で雑誌『i-D』に作品が掲載されたのをきっかけにスターフォトグラファーとなったシムズだが、ロンドンのストリートが写真家としてのスタート地点だった[...]
そんな反語的な考え方、ムードが、90年代には確かにあった[...]
80年代に見出された「魔法少女」という言葉を冠し、90年代の心理主義を問題設定に内包し、その反動として積極的に物語を生きることが目指されたゼロ年代を踏まえて開始された『まどか☆マギカ』は、10年代の作品として最後に何を描こうとしたのか[...]
90年代を駆け抜けた伝説のバンド初の公式ファンブック発売! すばらしいフィッシュマンズの本 プレミア必至!? 90年代を駆け抜けたカリスマ的人気を誇ったバンド、フィッシュマンズ[...]
かつての「rockin’on」誌やパリの「purple」誌を手がけたアートディレクターであり、80年代後半から90年代にかけて東京のアンダーグラウンドカルチャーの拠点となった「deep」のオーナーであり、自らの出版社「fiction,inc」の主宰者であり、ある時そういったものを全部引き払って(?)「セーヌ川沿いを犬を散歩させたりして暮らす」ためにパリへ行ってしまった伝説の人物、大類信[...]
かつての「rockin’on」誌やパリの「purple」誌を手がけたアートディレクターであり、80年代後半から90年代にかけて東京のアンダーグラウンドカルチャーの拠点となった「deep」のオーナーであり、自らの出版社「fiction,inc」の主宰者であり、ある時そういったものを全部引き払って(?)「セーヌ川沿いを犬を散歩させたりして暮らす」ためにパリへ行ってしまった伝説の人物、大類信[...]
彼らの世代がギリギリ下の年代だと思うが、80年代や90年代の音楽に慣れ親しんできたのだろう、その雰囲気が彼ら自身のうちに潜んでいるような気がする[...]
1950年代から90年代にかけて制作されたスナップ、ポートレート、コラージュ作品などでその繊細な作品世界を概観できる第一部「Outside My Window」と、写真集におさめられた花の写真を中心に展示する第二部「Flower is……」である[...]
しかし今回の『海町』の中の風景、尾仲浩二が90年代前半に撮った三陸の海辺の町は、本当に失われてしまった[...]
90年代に仕事をしてきて、自分の興味があるものや人は、限られてきているのが明白だった[...]
ファッションは必ず社会の動きと関連があって、例えばカート・コバーンが、90年代前半に時代感覚の体現者のように現れ、ファンが熱狂する現象があり、そこからグランジファッションというものが、少しずつスタイル化されて商業的に消費されていった、ということ[...]
5月革命があった60年代とか、大きな転換があったいくつかの時代があると思うのですが、そのひとつが90年代だったのではないでしょうか[...]
90年代のファッションにおいても、アンドロジナスということがあって、私がマルジェラのなかにひとつの憧れとして見ていたものは、ずっと前の時代の人もやっていたんだなと思いました[...]
『拡張するファッション』と題された新著には、90年代から2000年代へと至る、ファッションを中心としたシーンを、独立した視点で見据えたテキスト群が収められている[...]
99年〜2000年に、「Paris collection individuals」という本を、平林奈緒美さんのADでつくっていたのですが、90年代の最後のほうのパリコレは、活気に満ちていました[...]
90年代の「ガーリー」の体現者のひとり、ソフィア・コッポラ[...]
90年代の「ガーリー」の体現者のひとり、ソフィア・コッポラ[...]
どことなく不思議なコード展開、懐かしさを感じさせるサウンドは80年代、90年代のJ-POPサウンドを彷彿とさせる[...]
60年代は「運動」、70年代は「健康」、80年代は「見栄」、90年代は「心」、00年代は「脳科学」を拡張してきた[...]
松本典子が1990年代から撮り続けてきた写真群をまとめた『野兎の眼』もそんな写真集だ[...]
巷のクラブなどでボサノヴァが流行っていた’90年代後半、細野さんはDaisyworldというレーベルを立ち上げて、ポップスとテクノ/エレクトロニカの融合を展開していた[...]
「女の子写真」というくくりにいれられてしまうことが多い永瀬だが(永瀬は90年代半ばの女性写真家より少し下の世代である)、この作品からわかるのは、「半径5メートルの私の世界」とは異なる、どこか男性的な視点である[...]
その作為のない癒されるようなスナップで、90年代にファッション写真に新風を吹き込んだボスウィック[...]
ページを繰るにつれ90年代後半の空気が生々しく鼻先に垂れ込め、そういえば小学時代からの友人は当時、小室ファミリーやスキャットマン・ジョン、ME&MYのCDを爆音で鳴らしながらチューンナップしたスポーツカーを駆って印刷工場に通勤していた、ということを思い出した[...]
ページを繰るにつれ90年代後半の空気が生々しく鼻先に垂れ込め、そういえば小学時代からの友人は当時、小室ファミリーやスキャットマン・ジョン、ME&MYのCDを爆音で鳴らしながらチューンナップしたスポーツカーを駆って印刷工場に通勤していた、ということを思い出した[...]
日本ではプロダクトデザインと建築に関しては90年代終わりごろから頻繁に参照されていたが、グラフィックデザインに関しては作家単位で紹介されたことはあっても、こんな形にまとめられたことはほとんどなかったと思う[...]
ボーナスCDには、’90年代の作品と、‘80年代のライブが収められている[...]
あるいは90年代から出版しているというアート書籍は、内容は写真やグラフィックデザインが多いが、いずれも大量印刷が難しいつくりで一点モノの匂いを残している[...]
アリ・マルコポロスは、80年代から90年代において、ニューヨークのサブカルチャーシーンを詩的なスタイルで表現した作品により一世を風靡した[...]
文=slow_ear 80年代(その残照としての90年代前半)への憧憬と、再消費は止まず、ということなのか[...]
1990年代から積み上げられてきた、その繊細で意外性にあふれる作品世界が、どんなふうに花開こうとしているかをしっかりと確認できる展示になるはずだ[...]
彼の名前を知らなくても、90年代に幼少期を過ごしたひとなら「ゲームボーイ」が子供の必需品だった記憶はあるはずだ[...]
80年代~90年代は映像から離れていたアンガーだったが、ミッキー・マウスのイメージがこれでもかと氾濫する「マウス・ヘブン」と、魔術師/神秘主義者アレイスター・クロウリーの絵画を収めた『マン・ウィー・ウォント・トゥー・ハング』の新作2作も観られるという貴重な機会である[...]
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